「虚子俳話」のようにはいかないが・・・
2002.04.24(Wen)
唐草の風呂敷でものを包む。すると渦の力が物に移る。物に宿る内力が目覚め、物が心を持ちはじめる。
杉浦康平
■『日本のかたち・アジアのカタチ』/三省堂
杉浦康平は「アジアにとって渦巻くものとは、物の内なる力をふるいたたせ、人の心と物の心を結びつける聖なるカタチ、万象に潜む文様であったのである。」と断言している。
毎年、高知大丸の美術画廊とミニギャラリーを借り切って開催する「第15回カレントクラフト展」のテーマ制作が、今年は「和のかたち」である。昨年の「音」に比べてイメージが湧かず、原案作成で難儀している。
「和のかたち」と「日本のかたち」では勿論異なるが、何か参考になるものはないかと昔買い求めた本を読んでみると、思いがけない言葉に出会った。一度は読んでいるのだが、その時はそれほど響かなかった内容である。読む視点が変わると、絡まった紐を解くようにスラスラとイメージが沸き出すから不思議。これもまた縁なのであろう。
先日読んだ別冊太陽『白川静の世界』の中の「神」の字にも確かに渦巻が二つあった。今日使っている灰皿にも染付の渦巻文様があった。何かがお互いを呼び寄せているのだろう。「渦の力」が頭と心の中に作用してきたようである。
京都新聞社ホームページの「桜で一句」応募は佳作とのこと。入賞記念の粗品があるそうだが、鉛筆かシャープペンシルといったところだろうか。まだ受け取っていない。
http://www.kyoto-np.co.jp/negai/yusyu/yusyu.html
小雨、夜は「銅の会」。
2002.04.07(Sun)
修行は師につかえ、よく至りて師を離れ、後また師に仕え、二遍仕え申候がよし。
川上不白
■『茶道名言集』/井口海仙/社会思想社
師を裏切るわけではない。一度はその膝下から離れ、自分なりの修行をしてみて、そのいたら無さを知ることに眼目はある。その後、再度、真剣に師に教えを請うなら修行の方法も、納得の度合いも違ってくる。
あらゆる芸術において、師の影響力が強いほど、師の個性に埋没させられ自分を見失ってしまう時がある。ただ従順であるばかりではなく、自分とは何かと問いなおす時間も必要と考える。
花に水をやる時間が、こんなにも活き活きしたものであるとは思わなかった。時間の使い方が変わってくると、気持までそうなるようだ。初夏を思わせる気温となった。
2002.04.03(Wed)
「石舞台の玄室に二人で行くとね、恋が必ず実るらしいわよ。石の古墳になるまで永遠に」と彼女。ほんとうかどうかは判然としないが、玄室から感じられる悠久感が愛の永遠性に重なるのであろう。
坪内稔典
■『日本の四季 旬の一句』/坪内稔典・仁平勝.細谷亮太/講談社
坪内稔典が若い友人に尋ねた。「なぜお墓でデートするんだろう?」と。その答えが恋の成就の予感らしい。
からっぽの春の古墳の二人かな 夏井いつき
の俳句を読み解き、たとえば明日香の石舞台を連想してのことらしい。私もこの句を読んだ瞬間、石舞台が顕われた。確かに「春の古墳」である。残念ながら玄室でデートした覚えはないが、あの巨大な石と1500年の歴史、そして無惨にさらされた古墳が、今ではそれらしく遺跡となっている真実に初めて訪れた日の思い出が蘇ってくる。
ちなみに、母方の祖先が、大連物部守屋とのことで、蘇我氏に滅ぼされた因縁があるためか、あばかれた古墳を哀れと感じた記憶はない。
からっぽになった古墳の中には、遺骨も埋葬品も手に触れられるものは何も残されてはいない。しかし、何かがそこにあったという念いは消せない。今、母の遺伝子の中に脈々と伝えられてきた何かが、出口を求めて動き出したような予感がする。
2002.04.02(Tue)
神 モーセにいひたまひけるは 我は有て在るものなり
■『舊新約聖書』/日本聖書協会
旧約聖書の出エジプト記、第三章にある有名な言葉である。
古代ヘブライ語でどのように書かれていたかは知らないが、英語では、
I am that I am. (私は有って在る者なり)
と記される。モーセは神の姿を見てはいない。ただ、イスラエルの子孫の所に行って、誰の遣いかと聞かれたときの返答のために名前を尋ねたのだが、おおいなる神には、それに該当する具体的固有名詞は無かった。
名前とは不思議なものである。現象界では他と区別する必要にせまられ名付けられたものでありながら、それらすべてを含んだものの総称となると「宇宙」とか「神」としかいいようのないもの、その両方を含んだ概念の名前を私は知らない。
「存在」とは、かくもあやしいものなのだろうか。
知人が「物は与えれば減るが、目に見えないモノは与えても減らない。与えることで新たに湧き出してきたり、まわり回って何倍にもなって帰ってくる」と語ってくれた。情報もしかりだが、門出の言葉として記憶しておこう。
2002.04.01(Mon)
白川静は『漢字』の最初に「ヨハネ伝福音書」を引用している。
「はじめに言葉があった。ことばは神とともにあり、ことばは神であった」。
白川静はこの一文に「つづき」を記す。
「次に文字があった。文字は神とともにあり、文字は神であった」。
西川照子
■別冊太陽『白川静の世界』/編集人 高橋洋二/平凡社
世はエイプリルフールである。何処かに出かけ、たわい無い冗談を言うのも面白かったかもしれないが、結局、太陽別冊を読み、また視て楽しんだ。白川静の業績と思考を対談を交えて紹介したものであるが納得させられるところが多かった。
エディトリアル・ディレクター栗田治、デザイナー西岡勉がいい仕事をしている。もちろんフォトグラファーの力も見のがせないが、カラーページなど私好みの赤色が効果的に使われていて、ページを開いて視ているだけでパワーが得られそうであった。
しかし、「言葉は神であり、また文字も神である」とは何たる深遠明解な思いであろう。文字など現実界の影に過ぎないと思ってはいても、言葉を後世に伝えるためにはやはり必要であった。文字に宿る神の名は何と呼べばいいのだろうか。
晴天。花に水をやる。今日からしばらく遊び人として生活することにした。
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