2005年
●鷹4月号より
冬眠に眉月ひとつ飛来せり
大綿や堂々と言ふ世迷言
片方の目のうす氷剥がしけり ※剥は正字に
逆光のほどなく春の吹雪かな
●鷹3月号より
音楽の授業のあとや冬ざるる
一飛翔のみをゆるして初御空
未使用の日をはじめよう冬青空
理由などなし全開の冬薔薇
●鷹2月号より
痕跡を消す初雪となりにけり
限りある雪かぎりなく憶ふ夜は
未知の恋あり一本の雪の木あり
寒濤の未完の音にねむり継ぐ
●鷹1月号より
爽やかに掴まれてゐる首根つこ ※手篇に國
これでいいのならこのまま蛇穴に
咆哮の冷まじき化石の歯
2004年
●鷹12月号より
妻よりもさびしき鮎の落ちにけり
唐辛子発射の色となりにけり
こころつらぬく一本の爽気かな
起こりては風のつまづく曼珠沙華
つひにわが匂ひを容れし芒原
●鷹11月号より
そんなひと居たかもしれず夕立来る
秋風のかたちに止まりオートバイ
死者生者ここに混みあふ初嵐
●鷹10月号より
蚊の喰ひし赤き斑をもて挑発す
土砂降りを怺ふる空や立葵
国ありて兵士の吐きしガム灼けぬ
●鷹8・9月合併号より
こちら側には眼の映りサングラス
伸びしものみな六月の沼に垂れ
羅にすでに遠ゆくこころあり
狂ひしにあらねど薔薇のサラダかな
確信の砂うごかせる蟻地獄
●鷹7月号より
春昼の何始めたる音ならむ
天日のうら返るまで毛虫焼く
白牡丹夕日小さくなりにけり
山桜眉目峙つものを彫り
濤立つは海のうはつら涅槃像
●鷹6月号より
太陽も川蜷も径あやまたず
アネモネやかなしみの研ぐ頬の骨
忘れよう忘れまいふらここを漕ぐ
地を蹴つて上るシーソー鳥の恋
●鷹5月号より
春の雁くろむらさきを黒といふ
悲歌一首雁帰るこゑ発しけり
どうにかはなる春シヨール腰に巻き
春愁すつと立ちたるだけのこと
●鷹4月号より
真鍮は明治のにほひ雪催
冬落暉海の畢りにとどまりぬ
灯さぬ部屋雪のおびただしき薫り
傷濯ぎわが狼を呼ぶ夜かな
雪をんな電灯の紐あたらしき
●鷹3月号より
雪をんな鞐落してゆきにけり
牡丹雪ガアゼのやうに目を塞ぐ
氷上にぶちまけし水ひらきけり
寒雷や汝に右顔左顔
スクリユーの全貌見ゆる飛雪かな
●鷹2月号より
秋蝶のうしろを迅き水ゆけり
畳みたる傘の尖より秋の川
いつさいに背を向けてさす寒紅は
●鷹1月号より
ナイフとフォーク先端ふれず稲光
十六夜の男の影を踏みにけり
月明の鳥籠を買ふ異国かな
耿耿と夜の鳥たつ野分あと
また違ふ雨の降りだす真葛原
2003年
●鷹12月号より
踊り来し方あたらしき闇のあり
雨あとの地にしぶきたる萩の花
秋風の吹分けし額きれいなり
開きぐせつきたる手帳秋暑し
●鷹11月号より
わが書簡炎天の矢として放つ
向日葵が向日葵を見下ろしてをり
風となり風鈴売を尾行せる
遠ゆける蛇の立てたる草の音
●鷹10月号より
星祭くちびるの肉減りにけり
青あらし探せば言葉失へる
夕星やつめたき夏の靴濯ぐ
夜涼なり棒のやうなる音を乞ふ
●鷹9月号より
調弦のおもひおもひに夏夕
白日傘こころを芯に回しけり
隣る世の音もまじりて滝落つる
蝶に風花婿のまなざしに風
●鷹8月号より
立夏なり近江にとどく海の魚
鳥墜ちぬ麦の擦れ合ふ音の中
老犬を庇ふ老人薔薇の径
●鷹7月号より
万愚節花粉鱗粉べたべたす
ちるさくら風の表を一過せり
面打師まなうらに面陽炎へる
抱卵期雨はこずゑに弾けつつ
蛙の夜知らぬ言葉を投げ合はむ
●鷹6月号より
包丁にたしかに映る桜鯛
活かしおく浅蜊の水に塩一打
風紋は風の死処や鳥雲に
●鷹5月号より
蓬籠しんと雨来るにほひかな
居直りの首ほつそりと絵踏かな
真乙女は馬刀貝をひきずり出せり
あたたかしおのれおもふにうすら馬鹿
●鷹4月号より
いづこにも還らぬものに風花も
冬麗のはばたく鳥を連写せり
置き処なき羽子板だんだんに厚し
卓上の手袋のゆび夢零す
●鷹3月号より
凍蝶と翅交しゐる時間かな
夕空は酸つぱし花甘藍ゆでる
雪をんな櫛の尖りをつかひけり
水中に泡のとぼしき竜の玉
目潰しの雪止みて門あらはるる
●鷹2月号より
和蘭陀の飛び出す絵本雪降れり
寒雷に砕かるるもの何もなし
なんだつてこんなに朱い雪来る天
●鷹1月号より
天高し鶏を蹴散らす仕事して
水差の水減る雁のわたる夜は
レモン薄切り良き事は褒めるべし
ひろびろとゐて稲妻をわたくしす
2002年
●鷹12月号より
われ生きてかの墓原の桃腐つ
二百十日釦にかたき釦穴
藁塚日和国家のことはひとまかせ
直下より海霧湧くラストシーンかな
菊日和正しき夫婦あるならむ
●鷹11月号より
日焼して講義のうしろ占めてをり
死に余りたりかなぶんのうしろ羽
敵ばかり増ゆ白靴を汚すなく
流星や人魚は青き爪をもつ
●鷹10月号より
蛇交る徹頭徹尾相似形
指捻るのみに金魚の餌のをはる
※※(まくなぎ)の端に掠れし声こぼす
ががんぼはががんぼの音たつるのみ
●鷹9月号より
倚りかかる石のつめたき蛍狩
蛍火を熾火とおもふ息吹きかけ
舞台暗転火取蛾の火をのこし
炎天の零にはじまるホイツスル
日射病空一枚が墜ちてくる
●鷹8月号より
太き管より鮎苗のどどどどと
死魚すでに狙ふ鳥なし青嵐
優曇華や完結のなき恋の果
桐の花淡海は雲のただよへる
●鷹7月号より
あをあをと未婚の乳房春の雷
亡き星の光さしこむ蝸牛
穴出づる蛇身と還り来るこの世
おほかたはしづかに生きて闘魚かな
うつくしき玻璃に金魚の全滅す
●鷹6月号より
春疾風羽あるものはこころざす
夜桜や鏡持たざる鳥けもの
涅槃の日海荒れて海しづかなる
●鷹5月号より
禊川まで雪踏みし道縷々と
息こめて笛高鳴れり雪解光
紅椿大きな貌の鳥来る
桃咲いて匱いつぱいのひよこかな
●鷹4月号より
石蕗咲いて耳鳴ほどの痴れ心
金環の日に充ちて蛇冬眠す
一升瓶より注ぎくれし寒の水
●鷹3月号より
雪原に月光の気化はじまりぬ
撥ねもどる一枝の上げし雪煙
寒禽の銜へしものの翅うごく
三角は気儘なかたちクリスマス
●鷹2月号より
閉ぢてなほ瞼つらぬく秋日かな
初猟や風にたわめる水溜
猟犬に猟銃に宙かぎりなし
鰤起し鏡に剛き眼のゆきかふ
颯と翅つかひて颯と蝶凍つる
●鷹1月号より
稲妻のたび水際を近くせり
岩肌に貝はりつける稲光
色鳥の啄みこぼすものきはやか
軍手より松脂の香や初嵐
2001年
●鷹12月号より
冬瓜にやはらかき刃を入れにけり
掘り出して木の根匂へり雁渡
烏瓜寵愛のとき過ぎたるも
都会かなし運河をながれ秋扇
●鷹11月号より
針山に針の頭泛かぶ原爆忌
炎昼の動く歩道に囚はれぬ
滝音にぶつかりにゆく獣みち
孔雀歯朶過去より未来ほのぐらし
●鷹10月号より
午後はじまる貝風鈴の音乾き
祭の夜其処にやつぱり猫の居る
白地着て暴走の徒を返上す
噴水のぎらつく街に戻り来し
●鷹9月号より
虹の中奔るみどりや少し祈る
沙羅咲いて闘志音なき弓道部
矢を放つ青水無月の影ひとつ
日盛を来て貌のなきキリコの絵
有象無象詰めこむやうに水着きる
●鷹8月号より
虹立ちて蛇の寝御座を濡らしけり
ひるがへす己の主張ハンモツク
海光の柱に依りぬ能登上布
●鷹7月号より
家ありて家出で歩く桜の夜
口中に鬼歯一本夕桜
しだれざくら見上ぐる唇をうすくあけ
はるかなる世の陰謀や藤の花
●鷹6月号より
雛納吾に美しき刻のこる
俎板ににじむみどりや猫の恋
ふぶきつつ桜の家を出で歩く
春寒や音のひしめくオルゴール
●鷹5月号より
尊厳死雪蛍わが掌にとまらず
夕闇は冬のすみれのすみれ色
水仙剪る忘れられたるごとく我
哭くものは哭け横たはる涅槃像
●鷹4月号より
暮天あり飛雪ののちの樺林
凍星の音をたたみし孔雀かな
小銭入れ海鼠のおもさ海鼠買ふ
●鷹3月号より
にんげんの声に影なし風花す
四五人に湯の沸く音や冬薔薇
また同じ場所にもの置く去年今年
雪の夜の枕上より風かすか
●鷹2月号より
大南瓜全部煮て気のすむ日かな
指浸けて指ふつと消ゆ冬泉
九頭竜の煙雨はじまる猟期かな
小春日のまなこに羽虫あふるるよ
雪片のめぐれる天や夜業果つ
●鷹1月号より
色なき風ヴイオロンの傷拭ふたび
病む胸を崖と見たりし曼珠沙華
突風に色あらばかの秋の蝶
2000年
●鷹12月号より
蜩や門の内なるみそかごと
鳩吹やすこしは君もさびしいか
二度言へば言葉吹かるる秋の風
解きし帯にもこほろぎのしばし来る
●鷹11月号より
黒人の白きてのひら泳ぎ着く
白桃は地球の水の重さかな
こすもすのうたかた咲きのはじまりぬ
稲妻の谷より来たり塗師ひとり
●鷹10月号より
包丁の水切つて暑に対しけり
虫殺すかるき快楽や水中花
日盛や市電の駅は道の上
●鷹9月号より
昼顔咲く来てほしくなくても行くよ
熱帯魚ひるがへる色どれかが嘘
何ものも響かざる夜の守宮かな
ひと揺れに恋の蛍となりにけり
むなもとに涼しき弓矢ハープ弾く
●鷹8月号より
蝙蝠や楼閣天に崩えはじむ
眼光の白炎天に滅ぶまで
太陽黒点萍は片寄りぬ
海蛇を射るため海の流星は
疾走は鼓動に終り草いきれ
●鷹7月号より
純白は嶮しきひかり鶴帰る
荒東風やレーサーすでに貌鎧ふ
背にありて髪のしづもるさくらの夜
もくれんのつばさはづれし月夜かな
●鷹6月号より
春雷や草の根は毒蓄ふる
朧夜の一鱗として出奔す
たんぽぽやエプロンも我もすぐ乾く
●鷹5月号より
毛糸編む耳を占めたる砂の音
春の雪午後きらきらとなりしのみ
探梅や手話はきはきと美青年
●鷹4月号より
いつまでも美女いつの夜か雪をんな
身ほとりの音吹き消して冬の蝶
●鷹3月号より
冬の雲形変へてはゐるのだが
忘れゐし深爪しくと牡丹雪
マフラして恋に毀れし女かな
たかばうき倒れし音や鎌いたち
●鷹2月号より
こほろぎのよく跳ねる夜や死者に窓
肋軋ませ冬銀河流れ出す
逝くひとの泪拭かなむ冬雲雀
●鷹1月号より
考へよ金鎖一連冷ゆるまで
星飛ぶや轟々とゆく深夜便
人を呼ぶこゑ忘じけり鹿を呼ぶ
鹿立てりまぼろし我を漲らす
1999年
●鷹12月号より
月光を浴び相寄れる鹿と鹿
脳天のきいんと晴るる藪からし
集中豪雨秋暑一掃したりけり
●鷹11月号より
重力に手足なまくら日焼妻
向日葵の首折るのみの悋気とは
癒えざるか癒えよ玉解く芭蕉あり
海は好き煙草の花もなんとなく
●鷹10月号より
椅子の背にヴィオラ立てかけ蛍の夜
照らし合ふたび蛍火の痩せゆける
雲割つて来し帆船や蝉しぐれ
短夜のすぐに使はれエキストラ
金銀の水にあそべり熱帯魚
●鷹9月号より
緑陰に入るや核心へと一歩
黒麦酒夜間飛行のまたたけり
佳きかほを梅雨の鏡に見せてから
青嵐文鳥を掌に死なしめき
●鷹8月号より
口紅は唇をゆびさし雲の峰
またの名をまりあ昼寝のおばあ様
物置の裸電球祭来ぬ
●鷹7月号より
三鬼の忌文学青年死滅せり
寝腐に鳥引きし空ありにけり
雪形の翼するどし新樹の夜
●鷹6月号より
白山のさらなる白へ凧
水仙は厠花かも昔から
囀やす焼卵破れさう
青春は絶望のこし野火走る
●鷹5月号より
種選たれにも当てにされてゐず
吊りて売る薬缶ぶつかり黄砂かな
ふたつとは無きものだから蛤は
●鷹4月号より
寒波来ぬ抜くに力の木綿針
冬帝の生贄として肚すわる
手毬麩に箸の遊びや春の雷
●鷹3月号より
祖晒すごと山峡の干蒲団
橋ありて電線ありて年歩む
臘梅をつまんでみたる舞妓かな
山にまだ星の香のこる初荷かな
●鷹2月号より
湯豆腐や男に遣りし泪なし
遮那王に捧ぐる鮭を打ちにけり
僧正ケ谷のかの夜の月夜茸
●鷹1月号より
喉冷えてわが月の宴終りけり
柿点るころの天狗の隠れ蓑
ぶた草もゑのころ草もにぎはへる
1998年
●鷹12月号より
悶々と書き付けしもの紙魚やしなふ
十六夜や割れてガラスは光産む
ざつくりと崖に刈り捨て曼珠沙華
水底のすべて見ゆる日鳥渡る
●鷹11月号より
虹のあと岩峰濡れてゐるばかり
紙魚うすきいのちをモーツアルトの譜
絵の中につづく抱擁桐一葉
●鷹10月号より
漆黒の海を見てゐる裸かな
帰省子の半分隠すチエロケース
萍のぞろぞろ地球温暖化
●鷹9月号より
青蚊帳も革命の世も知らざりし
河骨に近づく懈き一歩なり
市振の日照雨に日傘ひらきたる
あはよくば花橘にかくれたし
●鷹8月号より
おいそれと麦こがしなど食ふものか
桜の実てのひらあつき人信ず
大学に挨拶はなし青嵐
薔薇といふ薔薇自堕落に雨の中
難曲の譜面まつくろ夏来る
●鷹7月号より
西陣へ糸運ばるるさくらかな
駄馬の肢太きを愛し卒業す
かなしみに曲角なし青き踏む
西洋の神愛されてヒヤシンス
●鷹6月号より
雛の間の空気一日汚れざる
流氷のしづかに減りぬ変声期
淡雪や加賀に卸せる京のもの
中央に漠とありける涅槃像
白魚を啜れり誰も彼も淡し
●鷹5月号より
七草のひとつ欠いたることくどくど
廓にもおにしおひがし寒雀
厚氷哲学の書は買ひしのみ
ごとごとと生簀の貝や涅槃の日
●鷹4月号より
冬苺一書の恋とわが恋と
天涯に雲溜まりをり孕鹿
たれか来てうしろに坐る風邪心地
白山に倦みし女神や田螺生る
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