2013.09.26

轍  郁摩


Ikuma Wadachi

インターネット句集「直立」以後

轍 郁摩  

2013年 ●鷹9月号より 竹皮を一夜に脱ぎぬ北斎忌 花石榴わが手に鉄の匂ひかな 指さして夏至の月夜の雲速し ●鷹8月号より ブランコよ昭和生れの母老いぬ 風薫るピカソの馬と闘牛士 虹消えて父の蔵書の匂ひかな ●鷹7月号より 玉となる赤き珊瑚やつばくらめ うれしくて流す泪や蝸牛 ●鷹6月号より 春の雲はちきん乙女歌ふなり 朧夜の腹を満たせし白き粥 大粒の田螺も髭を伸しけり ●鷹5月号より 春灯鉱山(やま)の星座の赤々と スケートや今はたちまち過去となり ●鷹4月号より ある日ふと虚子の白足袋虎落笛 枯山の最期の西日ぐらと炎ゆ ●鷹3月号より 群離れ一羽となりしゆりかもめ 枯木山近き星よりまたたけり ●鷹2月号より 箸落す音のそろひぬ花八手 水鳥の流れし河や潮満つる 山中の深き谷なり片時雨 ●鷹1月号より 後の月地平に赤く上るなり 月光に秋の名残や孔雀鳴く 六十歳に間のあるうちの柚湯かな
2012年 ●鷹12月号より 仲秋やたらちねの母月を待つ 記憶まだ確かなりけり曼珠沙華 ●鷹11月号より せはしなく豚が尾を振る蓼の花 昼月に秋の空蝉透かしけり ●鷹10月号より 単細胞なれば嬉しく泉の音 絵にならぬ下絵破りぬ梅雨鯰 ●鷹9月号より パピルスの花女王は蛇に死す さるすべり一夜の嵐明けにけり ●鷹8月号より うぶすなの夾竹桃の花白し 蟻地獄天の岩戸の鈴鳴れり ●鷹7月号より 一陣の風の遍路に花降れり 花降る日茶筅閑かに引きにけり ●鷹6月号より 春夕天文台の屋根の形(なり) 神獸を百日描き初蝶来 ●鷹5月号より 膝掛の馬の刺繍も緑なる 指先の血の一滴や鳥雲に ●鷹4月号より 冬青空無門曰くとつぶやけり 干蒲団迦陵頻伽の声聞けり 白長須鯨むかし宇宙は始まれり ●鷹3月号より 食べること出すこと大事去年今年 餡餠をもて一年の喰納 除夜の灯の眼下に少し減りたるか ●鷹2月号より 入手せり丹波の豆と約翰(ヨハネ)伝 たましひをむさぼるごとく牡蠣百個 ●鷹1月号より 逆らはず秋の揚羽蝶の吹かれやう あかがねの錆みどりなる秋高し
2011年 ●鷹12月号より ほと息をはけば日暮の秋の雲 何ゆゑの腓返りぞ獺祭忌 天運をわれは頼まず八月尽 ●鷹11月号より 油蝉白き腹見せ死ぬるなり シヤツ青き遺影秋風吹けとこそ ●鷹10月号より 唇に残る油や蝉の声 男なら声は低めよ涼やかに 心音は強く静かに※星(※日の下に干) ●鷹9月号より 黒き鵜の羽を川面に映しけり 裏切るに非ず蕃茄のまだ青し 花氷まつりごとには口噤む ●鷹8月号より 太陽の今天頂に黒揚羽 花茨わが指太く短かけれ ●鷹7月号より いささかはすさび心に蝶を追ふ ひとたびは鳥を放ちぬ西行忌 花篝生者は酒をくみかはす ●鷹6月号より 髭剃らぬ一日春の水あふれ 春の雁連れゆく空をまぶしめり ●鷹5月号より 銅板にケガキ線打つ松の雪 春暁の夢水音の中にあり ●鷹4月号より 降る雪やペン先太きモンブラン 着ぶくれて黒の舟歌うたふなり 垂直に銀河はありぬ猫の恋 ●鷹3月号より 北風やゼウスの白き馬駆ける 年守る鎧の背の飾紐 ●鷹2月号より 掛大根伯耆の富士の雲霽るる 天山の明るきしぐれすぐ止みぬ 兄よまだ※田に手を振りゐるか(※ひつぢ漢字) ●鷹1月号より どんぐりや頭遣はずくらしけり 星隕つる海静かなれ九月尽 2010年 ●鷹12月号より 望の夜の誘ひて歩くプラタナス 月明の川に飛礫を二度三度 ●鷹11月号より 朝顔やおほかたこの世忘れたる 指の傷なかなか癒えずさるすべり ●鷹10月号より 墨磨れば墨の匂ひや雲の峰 ギヤマンに銀の気泡や月涼し 声低く誘はれゐたり青胡桃 ●鷹9月号より たをやかに腕を伸ばしぬ竹の秋 蛇消えて道に残れる草の香ぞ ●鷹8月号より やうやうに美央柳の雨上り 体内の音健やかや夏来る ●鷹7月号より 花に雪とは泣かせる忌日なり 空港の白き藤房盛りなる ●鷹6月号より 春の山妻美しく老い初む 未来へと進む時間や花吹雪 ●鷹5月号より 草萌や叩き誉めたる馬の首 銅板を切る糸鋸や冴返る ●鷹4月号より 餠花の下をくぐりぬブルドツグ 本業はあかさざりける海鼠かな 干蒲団戦はざるも佳かりけり ●鷹3月号より 首たてに振れば納得蕪蒸 狐火や小声の歌を二度三度 雨止めば傘をたたみぬ冬すみれ ●鷹2月号より 銀杏散るしばしの時を共にせり オリオンに祈る無名の客として ひりひりと喉の焼付く枯野かな ●鷹1月号より 花がつをたつぷりまぶし去来の忌 取出せる黒きベレーや鳥渡る
2009年 ●鷹12月号より 天上大風へのへのねこじやらし 朝霧や馬に一打の鞭の音 ●鷹11月号より 青葦の海から風を受けにけり 秋茄子親に忘られゐたるなり ●鷹10月号より 翡翠や鉱山の水冷たけれ 天牛の重く飛立つ音幽か 朝蝉や両手で触れし顔の形(なり) ●鷹9月号より 雷神の一夜遊びのその一打 大の字の鼾妻なり梅雨晴間 ねむのはなはらにつきたるにくおもし ●鷹8月号より 白牡丹絵筆のしめりぬぐひけり 竹皮を脱ぎ工房は客多し 芍薬の花又造の黒き裸婦 ●鷹7月号より 虹二重夕日の街を包みけり 子雀の前へ前へと風強し 鎌倉の武士を思へば麦青む ●鷹6月号より 春の蔵十まで数へ遊びけり 白木蓮や濁世(じよくせ)このごろ面白き 春なれや和光の時計副賞に ●鷹5月号より 春の雨我より母の手の冷た この春は馬に乗らざる夜風かな 天竺の船は朱しよ實朝忌 ●鷹4月号より 真青な松より雪の落ちにけり 寒蜆恋には遠き思ひなれ 八雲立つ雪の出雲の柏手ぞ ●鷹3月号より 冬月のビルに消えたる梅田かな 百年の近き昔や手鞠唄 枯山にして平成も二十年 ●鷹2月号より 湯上りの柚の香の人と語るなり 柿一果画廊の奥の小部屋かな 愛枯るるまま残菊と十字架と ●鷹1月号より かりがねやしまひ忘れし煙草の香 溝蕎麦の喜ぶ雨となりにけり 我がままと頑固貫きあけびの実
2008年 ●鷹12月号より 青天の松山なればほととぎす 炎天に水欲るからだなだめおく 秋風や坩堝の中に銀の屑 ●鷹11月号より うたた寝の大歩危小歩危合歓咲けり 半折りの夏座布団に胡坐かな 夜の秋鏨の頭つぶれけり ●鷹10月号より 逆説も嘘と思へず蛇の首 油虫ゆだんならざる楽しさに 木彫の仏涼しくまどろみぬ ●鷹9月号より 忌を修す石榴の花の満開に 今年竹己ささぐる神持たず 朴の花雲に遊べと生れけり ●鷹8月号より 五月来ぬ動かぬ石を押しにけり ひとたびはげんのしようこの花信づ 金雀枝ややまとの神は八百万 ●鷹7月号より つちぐもり鏨の乱れ正すべし 降出せば止まぬ雨なり蝌蚪の紐 さくら散る中にひとりやひるの酒 ●鷹6月号より 初雲雀見(まみ)ゆる夢も二度三度 春の月ほのと赤らむ高さかな ●鷹5月号より ふきのたうふさぎの虫を忘れけり 水餠や今朝の山脈(やまなみ)晴々と 師とともに今もトラヤの冬帽子 ●鷹4月号より 存分に檸檬搾りし牡蠣十個 年越の未定原稿ほのとあり 日の丸の旗はいづこぞ初雀 左義長や野の星ひとつあかあかと ●鷹3月号より 浮寝鳥端から数へ始めけり 川に沿ふ狭き町なり冬苺 てんてんと天に鷹あり見下せり ●鷹2月号より 裸婦の脚組み替へゐたり鷹の天 日展の青き瑪毘崙(バビロン)落選す ●鷹1月号より 蟷螂の枯れざま吾を欺かず 天高し連歌盗める太郎冠者 女郎蜘蛛八肢をしかと開きけり
2007年 ●鷹12月号より 秋来ぬと黒き日傘を広げけり たちまちに老いたる夢や天の川 子規の国わが生国の鳥渡る ●鷹11月号より 朝顔や不埒な雲の広がりぬ 夜の蜘蛛鍋の取手のゆるみかな 天運を引寄せゐたる昼寝かな ●鷹10月号より 秘めごとや葉裏に眠るかたつむり 半夏雨腰の力の戻りけり かなしきか夏帯鳴るもめつぶるも ●鷹9月号より 顔に泥付けし男や合歓の花 金蠅のまがふことなき忌日なり ●鷹8月号より 佳き人と佳き酒ほめて春の蠅 荒事の琵琶に白扇閉ぢにけり 椎の花そのままゆけば川に出づ ●鷹7月号より 今しばし黒着てめぐる花の山 南の門をくぐりぬ春の鹿 をりからに一谷越えて散るさくら 山晴れていよいよ白き葱坊主 ●鷹6月号より 下萠や馬にまたがる軽き尻 首重き怠けごころや春の昼 ●鷹5月号より 冴返る逝きたる人とふたみこと 涅槃会の干魚あぶりし快楽の火 春障子三度呼ばれてしまひけり ●鷹4月号より まぎれなく堅き海鼠を噛みにけり 色白の巫子のつぎたる屠蘇なるや ●鷹3月号より もの言へば頭からつぽ初氷 いびつなる柚子を鼻梁に押付けて ●鷹2月号より 日展の美に疲れたる妻とをり 全天に星降る夜や柚子搾る 来世なし大きな牡蠣を七つ食ふ ●鷹1月号より 息吐いてへこむ腹なり秋の暮 目つむれば白梟の夜となりぬ 枯蓮見えて重荷を下しけり
2006年 ●第21回俳句研究賞候補作品(50句)     崑 崙 春疾風馬の鬣掴みけり はくれんや千回万回鏨打つ 桜散る花びら酒をもう一献 世に出でておたまじやくしの三粍よ たちまちに蝌蚪のたてたる濁水 足枷のごとき旅なり朝寝せり ヴイーナスの臍つくづくと三鬼の忌 天平の仏師と語れ柿若葉 硫酸の穴とおぼえし五月尽 柿の花厩舎の扉全開に 水銀に金を溶かしぬ罌粟の花 かたくなの肩揉まれをり旱梅雨 空梅雨やわが死ぬまでは師とゐたり 十薬や砂漠の乾き我にあり つぎつぎと草木虫魚水打てり 明易し崑崙の雪しかと見て 青芒馬上の風に真向へり 暮れきらぬうつつの茅の輪跨ぎたる 虻宙に鍛冶の鞴を強くせり 銅板に腐食の泡や夏の蝶 鴎外忌金属探知機鳴りたるよ 衛兵とローマの松や風死せり いつせいに蝉鳴き暮るる祗園かな 蠅叩とぶらひの声一度ならず 浄土にも秋立つらしく墨継げり くちづけや堅き南瓜に刃を取られ 揚花火遅れて空の膨張す 海近し野分の馬の駈けるなり 白桃や死者に与へしものわずか らちもなし柿と種とをまつぷたつ 草の花柵の形にあらがひぬ 新松子僧に作者を問はれけり 存分に泣きし寝顔や山椒の実 柿の秋短き求憐祷(キリエ)響きけり 蒼空の点が差羽や渡るなり 草色の腹を見せたり穴惑 あてもなき鞭先ふれし紫苑かな 冬に入る無名の歌を諳んじて 溶解の金渦巻けり憂国忌 鴨の声帽子の縁を曲げにけり 枯野星手持無沙汰の手を振りぬ 音楽は神に捧げよ冬菜畑 凍鶴や黒き花持つ翁の掌 冬月や背中合せに坐りけり 見に行きぬ漢のさそふ冬の瀧 黒革に傷ある日記果てにけり くれなゐのさかづき満たす淑気かな 左義長の二手に火勢上がりけり 告解の一度ならずや口に雪 冬暁の鐙の高さ揃へけり ●鷹12月号より 月光を浴ぶる他なし夜の瀧 対岸に一灯もなき虫の音ぞ ひとむらの白曼珠沙華何処より ●鷹11月号より 今さらに俺とは言へず青山椒 天変のあめが下なる釣忍 大鼓小鼓秋の立ちにけり ●鷹10月号より 蝉の声まだかと朝の夢うつつ 青柿や捨てたる欲を惜しきとも ひとひろの※の銀も曇りたる(※しいら、魚偏に署) ●鷹9月号より 晴天や寸断されし蟻の列 ダ・ヴィンチは左ききなり蛍の火 馬洗ふ生くる証の火傷なり ●鷹8月号より 初夏の男の香なら許すべし どくだみの花傍観の我を殴つ 炎天や肩ぬぎの傷ざくとあり 脈早し金魚の水のにごりをり ●鷹7月号より 青山の晴子の桜まだ散らず 海芋百本青年は傷恐れざる 星渡る龍の夢あり松の花 ●鷹6月号より 春三日月※芙藍の香の書を開く(※サフラン、さんずいに自) モノクローム映画の羅馬椿落つ きららかにこぼれし雨や梨の花 ●鷹5月号より 薄氷や古き写真に古き人 太陽にかざせし指に蜜柑の香 緩急を馬に合図や春の雪 ●鷹4月号より 初夢のうつつの塔を登りけり 雑煮餅一つと応へ顔洗ふ てのひらを軽く握るや寒の梅 泪もろき妻とゐるなり薺粥 ●鷹3月号より 十二月ヴェトナム産のオクラなり 冬霞をとこの芯を立てにけり ●鷹2月号より 皎々と白鳥の首鳴きかはす 白鳥と星交響の夜なりけり 充実の尻の艶なり馬の秋 ●鷹1月号より 日も高し蒲の穂絮のほぐれやう 一千の差羽渡りし昨日とか
2005年 ●第20回俳句研究賞候補作品(50句)     不 東 青時雨馬柔らかく駆出せり 太古より月は浮かびぬ松の蕊 師と声をふたことみこと柏餅 あはあはと集ひて藺草しごきたる 芍薬や夢見て男むらさきに 頭から花粉まみれの毛虫なり 若駒のあらがふ尻に鞭一打 揚羽絢爛アボガドの皮剥きにけり 何ならん死したる揚羽裏返す 蟻地獄極彩色の紐垂らす 白木槿神々の列空にあり 天明の水より蜻蛉生れけり 男なり秋の渇きの喉仏 秋茄子やわれに大事の永久歯 水煙にかかる雲あり種瓢 天の川ゆるりと闇を束ねけり つと噛みて秋茱萸の種吐き出せり 幽明の川越えゆける秋の蝶 ぶつくさのぶつの詰まれる蓮の実 鳴き連るる虫の高音や新松子 手より手へ茸のにほひ確かめて ゑのころや吐く息ながく美しく 金柑の一樹の造化(ぞうけ)晴々と 勾玉の魂なすかたち冬近し あやふやに二度も三度も草氷る 一弟子のわれ冬帽と行けるなり 人間の味とは海鼠申すべし とぎれとぎれの記憶や鶴の脚たたむ 羚羊に雪嶺の天青くあり 青年の長き睫毛と毛皮かな 名も消えし金の屏風のひかりやう 雪霏々と不東の額のまあたらし ゆりかもめ一張羅にて来よといふ 毛衣や鬱王に石ぶつけたし 大根引大事の傘を粗末にす 美しく哀しく冬のフラミンゴ 我武者らになれざるわれや風花す 猪鍋や雪は雨とぞ変りたる 神仏は頼まず崖の冬椿 踏んばりて乳やる山羊や春浅し 春めくや釦の穴をぼたん抜け 残雪や裸婦デッサンの足組めり 地を這ふも地虫出づるも美しき 茂吉忌やわれを励ます煙草の火 男等に髭と鞍あり春の嶺 語気強し焼野の石のまだ熱く 歩かねばまた歩かねばいぬふぐり 春雨に濡れ来て汝は女身仏 山藤やうつしみの骨ぼきぼきと へんぺんと日は昇るなり青山椒 ●鷹12月号より 夢の馬野分の馬と競ひけり 新涼や長き眉毛のはねたるも 飲食をそまつにしたり稲の花 ●鷹11月号より はつあきの雲と勇気と握飯 噴水やビルに消えゆく鳩の群 ●鷹10月号より 坂暑し箱根湯本の早雲寺 墓さがすわれを呼ぶなり子蟷螂 ●鷹9月号より 第一打蠅虎のかくれけり たまさかに跨ぎし蟻の列果てず ●鷹8月号より 大蛤問答の口閉ざしけり たましひの我の先ゆくさくらかな ほのぼのと亡びし国や白牡丹 ●鷹7月号より 涅槃会や馬の越えゆく白き柵 白椿試問の声を強めけり ●鷹5・6月号より(以後、軽舟選) きさらぎの鏨百本磨きけり 而今とは今を言ふなり桃の花

●鷹4月号より(ここまで、湘子選) 雪静か夜の体温を分かちあふ 一月や檻の中なる白孔雀 ●鷹3月号より 腰入れて馬に合図や冬紅葉 侘助の紅き蕾や泣けるなり ●鷹2月号より 朝月の消えかかりたり枯木燦 湯に沈め凸凹の柚子もてあそぶ ●鷹1月号より てのひらにまひるの空気鷹渡る 水の秋鞍に油をたつぷりと あをによし奈良比良坂の吾亦紅 頬朱き阿修羅佇ちたりそぞろ寒
2004年 ●鷹12月号より 過不足のなき酒足らず草雲雀 くろがねの鏨連打や秋の風 ●鷹11月号より 弓鳴らす男振なり月見草 夏果やささくれゐたる藁草履 ●鷹10月号より 炎天や黒き鞄の蓋開くる ががんぼのたてたる音を聴かむとぞ 逢へばまた仏頂面や錨星 蠅叩賞罰いまだ我になし ●鷹8・9月合併号より 鰹焼く快楽の藁を足しにけり 花石榴一番星はまだ出ぬか ●鷹7月号より       ゐや 青年に青年の礼桜散る キユビスムの一派に与し心太 田水沸く草の下より団子虫 ●鷹6月号より 朧夜の鏡倒してありにけり 行く春や壁にかけたる馬具その他 ●鷹5月号より 硬骨の人減りにけり伊勢参 荒塩は我にまかせよ(さより)焼く  ※さより魚偏 ●鷹4月号より 恵方なり師系を語り酒に酔ふ 寒牡丹邦雄湘子を父母とせり ●鷹3月号より シヤガールの山羊また飛べり大根干 冬うらら夢みる馬のまぶたかな ●鷹2月号より 執着の衣ひとそろひ石蕗の花 石鹸に砂こびりつき年暮るる ●鷹1月号より 白脛の無防備にして水澄めり 猪の悪さや婆の稲田なる
2003年 ●鷹12月号より 迷ふなよ枯蟷螂の一飛翔 身に入むや硝子まつ赤に溶けゆけり ●鷹11月号より 派閥あり指にはさみし鬼やんま 蜩の裏山なれど案内せむ 青ぶだう物体として我が頭あり ねこじやらし夢の続きのうつつなる ●鷹10月号より 屈葬を諾ふごとく蝉の殻 炎天下にて牛虻の碧の眼 天命の黄色き僧衣涼しきか 青すだれ膝行の衣鳴きにけり ●鷹9月号より 仙人掌の花よピエタを抱く母よ 短夜やいのちの赤き卵割る ●鷹8月号より たつぷりと臍に力や柿若葉 凡夫より凡夫に便りあやめぐさ ●鷹7月号より 春の月作務衣の紐をゆるめけり 競馬伸ばし初めの髭青し ●鷹6月号より 心底は許してをらず春の星 囀の中さへづりの真似したり ●鷹5月号より マフラーの巻余りたる夜の記憶 枯芭蕉燦たり風を呼べるなり 縞馬の二頭並びて春立てり ●鷹4月号より 紅梅や神馬の額ぬくしぬくし ●鷹3月号より 裏山の檜落葉を踏み登る 音楽は神にささげよ冬菜畑 ●鷹2月号より 土くれを踏みてつぶせり冬帽子 川幅は半分に痩せ浮寝鳥 ●鷹1月号より 皀角子や何も置かざる四畳半 柿の蔕心にいくさ起りけり
2002年 ●鷹12月号より 水嵩のひきし運河や赤蜻蛉 糸瓜忌やぶらさげてある温度計 ●鷹11月号より 蓮の花八人の靴そろへあり 黒着たる日傘の女手をかざす ●鷹10月号より 物欲や緑の毛虫太りつつ 向日葵の根元やアルミ缶つぶす ●鷹9月号より 炎帝やわがたましひの粒立てり ほうたるの明滅の滅流れけり ●鷹8月号より ふつふつと車前草の花踏みて帰る 余花ならむ身辺整理まだつかず ●鷹7月号より 夏霞馬の鬣拭きにけり 男らはあらがひ蛙めかりどき ●鷹6月号より 降りて来よ桜満開なる夜は 山桜白馬の四肢は汚れたり 浅蜊汁異動を拒む埒もなし ●鷹5月号より 生と死と口あけて食ふ蓬餅 老梅やひとのうつつの名を忘る 茫漠と掴みて来たり冬帽子 ●鷹4月号より 強情も過ぎれば弱気なづな粥 本棚のさかさの一書雪降れり ●鷹3月号より 枯芭蕉否の一語を反芻す 裸木のうつくし雲の動かざる ●鷹2月号より 憂国忌風に怯えし馬駈くる 神在の山に青年灯をともす ●鷹1月号より 黒を着て高き乳房や秋岬 是々非々もあらず南瓜のころがれり
2001年 ●鷹12月号より ケシゴムのからびてゐたるよながかな 桔梗や馬脚の間の装蹄師 霧深し竜のうろこの滝現はれ ●鷹11月号より 一生の醒めざる夢や銀河濃し 油蝉死す我が飢の何ならん ●鷹10月号より 檻の鵜の広げし翼持てあます 夏の夜の劣情赤き観覧車 ●鷹9月号より 延命は望まず夏の星たらむ 青鬼灯胸つぶすほど抱きにけり ●鷹8月号より プラタナス男の性の匂ふ夏 髭あれば男愛しも鴎外忌 文弱の家住みよけれ燕の子 ●鷹7月号より 松原の松葉明りや明易し 桐の花午後は雨とぞ揺れにけり ●鷹6月号より 我が骨の捨処の蓬まだ小さ 春大根うとましき声聞きたしと ●鷹5月号より 半生は過ぎしかまだか藪椿 紅梅の花告げるにはもう遅し ●鷹4月号より 初暦行はざれば死後の恥 見るべきは見き枯苑の百舌が鳴く ●鷹3月号より 冬苺千年の後何残る 一行の詩を奉る年の暮 ●鷹2月号より 恋語るおでんのからしたつぷりと 頭頂に空洞一個金屏風 ●鷹1月号より 種瓢地力衰へてはをらず まぎれなく記憶不確か万年青の実 セミナー退屈銀杏黄葉の始まりぬ
2000年 ●鷹12月号より 残酷なる童話をひそと居待月 誘惑の甘き言葉や霧匂ふ ●鷹11月号より 涼しさやわれと向きあふ牡鹿の目 手づかみの一蝉ありぬ瞬けり ●鷹10月号より 大虻の馬にとりつく暑さかな 蜘蛛の子の逃げし八方幸と思ふ ●鷹9月号より 天道虫楽譜の上を歩きけり 頭上青天樹下に降りしく 紅豆 鮎の竿舟にかかげて高かりき ●鷹8月号より 六月の雨すこやかなくるぶしよ 六曲屏風香水の人通りけり 星涼しあす北嶺の頂に 噴水の向かうに消えてしまいけり ●鷹7月号より 墨黒く玉巻く芭蕉描きけり 夕空に生まれし星や金鳳華 告天子父の二反を吾れ継がず ●鷹6月号より 風あれば風の中なり花篝 切つ掛けは花の盛りと覚えけり 命はかなしこの花種のうすつぺら ●鷹5月号より 陽暉楼得月楼と梅白し 山坂は三椏蒸せる香なりけり きさらぎの水にふれたる棒の先 ●鷹4月号より 冬の鷺一羽なりしを讃へけり 餅花のゆるる重さを恋ひにけり はなびらもち濁世の水を沸かすなり ●鷹3月号より 大空の点景として鷹飛べり 泣きはらす眼よくれなゐのマフラーよ ●鷹2月号より 美男葛へくそかづらと見てあかず 数珠玉の疎水に落ちし音かすか ●鷹1月号より 星よりも青き酢橘と思ふなり 大陸に同名の山鷹渡る 桐一葉黙り通してをりにけり
1999年 ●鷹12月号より 弾き終へしチエロの空洞無月かな 水澄むや最期に会はむ人は誰 自画像の脚を組みたる晩夏かな ●鷹11月号より 音楽にほてりし肌や夜の蜘蛛 男来て千の流灯船に積む 満月とつぶやき自祝したるなり ●鷹10月号より アスフアルト灼け散乱の蝶の翅 蛇の衣風になびきてをりにけり ●鷹9月号より 楊梅の男樹なればそつけなし 余命ふと地平に赤き夏の月 ●鷹8月号より 夏点前檻の孔雀の高鳴けり 柚の花や夢見ごこちの土佐遍路 ●鷹7月号より 芍薬や男に生まれ刀恋ふ 濡色の草のまみどり鑑真忌 山門に消えしをみなや花の昼 ●鷹6月号より 金雀枝や真青な天に星生る 正座すぐあぐらとなりぬ春の暮 ●鷹5月号より 花種を蒔きて恋とも愁とも 遍路笠重ね多恨のはれにけり 実直に春の風邪ひく妹あはれ ●鷹4月号より 切餅や互の言をゆづらざる 冬三つ星深夜帰宅の華とせり ●鷹3月号より 翅たたみ冬蝶はみな死を待てり いたづらに刻をすごせり冬すみれ ●鷹2月号より 冬帝に眼下の夜景耿耿と 枯野行き馬断崖へ進みけり ●鷹1月号より 抱きしめてサフランの香の夜となりぬ 歌返す男ありけり榠櫨の実
1998年 ●鷹12月号より 朝顔やうしなふ夢と得る地位と 夢のごと盆地の町を霧おほふ ●鷹11月号より 擁く夢も真菰の馬も供へけり 捕虫網鳴かざる虫を捉へけり ●鷹10月号より 炎天に焚く火見ゆるか前世より 青酸漿喉の言葉をつぶしけり ●鷹9月号より 銅板を焼きし火色や夏燕 いましがた人声ありし氷室かな ●鷹8月号より 水田行く蛇身隙なくうねりをり かたばみの花あるかぎり地霊あり ゆめうつつほたるぶくろをしるべとす ●鷹7月号より 墓山の煙乱れぬ瑠璃蜥蜴 はつなつの胴体にのる首重し ●鷹6月号より 童顔の遍路が買ひし鬱金の根 竜天に登る野の雨如何ならむ ●鷹5月号より 白椿見飽きしこの世見つくさん 人工衛星冬オリオンの中通る 新道のとぎれしところ草青む ●鷹4月号より 相応の恋ありわれの若菜摘 冬の月四十越ゆれば男なり

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