■ 鷹2004年12月号より
鰯雲夜に入る音の珊々と
笛も鈴も身ほとりになし雁わたる
下駄履のそこら歩きに椋鳥の空
食ふ顔はかがやきてこそ小鳥来ぬ
痩尻のあはれ股引恃みかな
多摩旧家藤兵衛の菊咲きそろふ
大樹あり往きて復りて秋の暮
柚子黄ばみすぢ雲は妍きはめけり
おいそれと死ぬ気はなしよ餠を食ふ
この頃の犬なさけなし文化の日
諸氏に感謝
藁草履着到いわし雲の日なり
老の歩を固めて足袋と藁草履
■ 鷹2004年11月号より
手頃の名付けて蓑虫吹いてをり
鬼の子にあらずこやつは佛の子
老木に蛇あそばせて笛稽古
秋の蚊の金切声を落しけり
乱読を累ねし末の秋思かな
雁が音のいろあるべしと雲仰ぐ
善光寺さまは五里先穴惑
誰の目ももうはばからず破芭蕉
月光は曾つて男の胸刺しし
病みて過去壊れし如し梨を食ふ
手術経し腹の中まで秋の暮
兜太、喜代子、杏子、椿
諸兄姉と松山を去る子規忌かな
■ 鷹2004年10月号より
はし
干竿の両端暇や雲の峰
大雷雨ぺんぺん草は立ち向ふ
あきらめと浜昼顔とどこか合ふ
大団円蜘蛛の匠の尻黄なり
かやつり草蚊帳無くなつてしまひけり
晩年や坂のかたへに簾して
夏の果駄目な男よと呟く
犬の貌のつぺりと秋近みかも
好嫌ひ老いて緩びぬ秋扇
ごふ
本買ふは業にも似たり鰯雲
ぐわつくわうとひびける如き月夜なり
こつてりと鶏頭は色厚うせり
■ 鷹2004年8・9月合併号より
ひとすぢの風が月から夕黄菅
上弦の月さへ赤き旱かな
甚平や山河すなはちはためける
わが痩躯立てば従ふ甚平かな
ちゆと吸へば土用蜆もちゆと応ふ
炎天の雀翔ぶときほの白し
いち早く軒端雀や夕立晴
快楽ともいま十呼吸一雷火
泰山の秋声聞きし泪かな
六月六日、飯島晴子忌
螢火忌のいづこの闇に居給ふや
賑々と螢つれ来よ宵のうち
白髪に螢火飾り顕ちませり
■ 鷹2004年7月号より
時機すでに失せり葱坊主諸君
毛虫焼くための百円ライターなり
むかし星売る男をりける駅薄暑
更衣寄席へ行く日を胸づもり
志ん生も文楽も間や軒忍
竹は皮脱ぎたり俺は何為るか
梅干やうめぼしいろの舌出して
草呼べばうしろに梅雨が来てゐたり
眼を閉ぢて穂麦の痛さ記憶せり
麦穂波父と娘といふ構図
どの田にも居らずわが朋源五郎
松蝉に絵本は王の死ぬ頁
■ 鷹2004年6月号より
蝌蚪の国戦争もせず失せにけり
佛生会※子なども篤と食ひ ※魚偏に白
両眼の水晶体も春の冷
松ぼくりほどの古巣ぞ遣ると言ふ
むく
芳草や椋鳥の白斑は恋がらみ
放屁虫同好会の桜の夜
にはたづみ
行潦わつと照り虻ただ黒し
種案山子立ちたるを見て山遊ぶ
佛像の頬羨しけれ夏隣
丸善にひとりの僧衣夏隣
われの眼を置いてけぼりや蛭沈む
人生をふはふはと来て蟻抓む
■ 鷹2004年5月号より
黒松の貫禄地虫ぞろぞろ出づ
今日ばかり地虫がほなる団子虫
バレンタインの日なりともかく花結び
潤ひてまた乾く頭や茂吉の忌
とど
虻宙に太陽を真似止まれり
薮椿止むにやまれずつづけ落つ
天つ風安房より吹けば蝶生る
烏降る雀隠れにとつおいつ
はる
たんぽぽや空全開の遼けさに
霞む山はせをの連として見をり
おもし
儚な身に首の重石や百千鳥
若者と大断絶や連翹忌
■ 鷹2004年4月号より
斑鳩の道や総出のいぬふぐり
日の御子の残り香ほどのいぬふぐり
ひ
春立つと干魚菩薩を炙りもす
魚は氷に上り鸚鵡は横柄に
ぼん
白魚の上品の色忝な
物の芽のさきがけのみな無名なり
吹降りや土筆法師の荒修行
美しきひとの案内や涅槃像
伊豆安良里春は帽子に羽根付けて
春渚蟹の長駆のけざやかに
浦ひとつ灯をゆたかにす桜鯛
早蕨のまだ馴染みなき猪の貌
■ 鷹2004年3月号より
一月はどどどと過ぎぬ昼のめし
老虚子と春立つまへの二夜かな
夜叉面も時計の貌も春隣
寒凌ぐ身に鍼打つてゐたりけり
我痩せて鴉太りぬ寒の内
葛湯吹き灯影がほどの恙あり
丘ひとつ越え探梅のつもりなり
足もとに泛く薄氷のこゑなりし
たつぷりと見しが薄紅梅ばかり
早梅や団子一串うれしけれ
陰陽の陰まさりけむ椿落つ
敷きつめし苔へもたりと椿落つ
■ 鷹2004年2月号より
禽獸のこゑを戒め山眠る
雪嶺よむかし訴へいま寧けく
冬眠の無明無音の息思ふ
立ち並ぶ櫟や幹も影も枯れ
自然薯の長々しさの果報かな
畦々や冬草の座のへこたれず
水差して鉄瓶懈き冬至かな
衣食足り血の足らぬとよ枇杷の花
師走あはれ汁粉ごときに舌鼓
虎落笛わがのどぶえを誘ふなり
寒の梅心身とかく背き合ふ
ねぶつ
木の念佛土の念佛や寒の雨
■ 鷹2004年1月号より
枯山へわが大声の行つたきり
雪稜や五竜唐松鹿島槍
初冠雪田圃の泥鰌ねむりけり
中空の鷹姥捨に君臨す
竜田姫やよ我が足を弱らすな
梟に木綿にこころ包まるる
折も折雪沓出して干すところ
始まりに犬の死があり冬用意
はらはらと落葉かさかさと老人
深海の生死は無音去年今年
倫敦は巧みな宛字読始
寒念佛材木置き場から出発
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