Graphein-O

◆◆ 藤田湘子の俳句世界 ◆◆


藤田湘子先生
藤田湘子先生

撮影:1991年5月11日



■ 鷹2004年12月号より


鰯雲夜に入る音の珊々と

笛も鈴も身ほとりになし雁わたる

下駄履のそこら歩きに椋鳥の空

食ふ顔はかがやきてこそ小鳥来ぬ

痩尻のあはれ股引恃みかな

多摩旧家藤兵衛の菊咲きそろふ

大樹あり往きて復りて秋の暮

柚子黄ばみすぢ雲は妍きはめけり

おいそれと死ぬ気はなしよ餠を食ふ

この頃の犬なさけなし文化の日
  諸氏に感謝
藁草履着到いわし雲の日なり

老の歩を固めて足袋と藁草履
 

■ 鷹2004年11月号より 手頃の名付けて蓑虫吹いてをり 鬼の子にあらずこやつは佛の子 老木に蛇あそばせて笛稽古 秋の蚊の金切声を落しけり 乱読を累ねし末の秋思かな 雁が音のいろあるべしと雲仰ぐ 善光寺さまは五里先穴惑 誰の目ももうはばからず破芭蕉 月光は曾つて男の胸刺しし 病みて過去壊れし如し梨を食ふ 手術経し腹の中まで秋の暮   兜太、喜代子、杏子、椿 諸兄姉と松山を去る子規忌かな  
■ 鷹2004年10月号より     はし 干竿の両端暇や雲の峰 大雷雨ぺんぺん草は立ち向ふ あきらめと浜昼顔とどこか合ふ 大団円蜘蛛の匠の尻黄なり かやつり草蚊帳無くなつてしまひけり 晩年や坂のかたへに簾して 夏の果駄目な男よと呟く 犬の貌のつぺりと秋近みかも 好嫌ひ老いて緩びぬ秋扇     ごふ 本買ふは業にも似たり鰯雲 ぐわつくわうとひびける如き月夜なり こつてりと鶏頭は色厚うせり  
■ 鷹2004年8・9月合併号より ひとすぢの風が月から夕黄菅 上弦の月さへ赤き旱かな 甚平や山河すなはちはためける わが痩躯立てば従ふ甚平かな ちゆと吸へば土用蜆もちゆと応ふ 炎天の雀翔ぶときほの白し いち早く軒端雀や夕立晴 快楽ともいま十呼吸一雷火 泰山の秋声聞きし泪かな     六月六日、飯島晴子忌 螢火忌のいづこの闇に居給ふや 賑々と螢つれ来よ宵のうち 白髪に螢火飾り顕ちませり  
■ 鷹2004年7月号より 時機すでに失せり葱坊主諸君 毛虫焼くための百円ライターなり むかし星売る男をりける駅薄暑 更衣寄席へ行く日を胸づもり 志ん生も文楽も間や軒忍 竹は皮脱ぎたり俺は何為るか 梅干やうめぼしいろの舌出して 草呼べばうしろに梅雨が来てゐたり 眼を閉ぢて穂麦の痛さ記憶せり 麦穂波父と娘といふ構図 どの田にも居らずわが朋源五郎 松蝉に絵本は王の死ぬ頁  
■ 鷹2004年6月号より 蝌蚪の国戦争もせず失せにけり 佛生会※子なども篤と食ひ   ※魚偏に白 両眼の水晶体も春の冷 松ぼくりほどの古巣ぞ遣ると言ふ    むく 芳草や椋鳥の白斑は恋がらみ 放屁虫同好会の桜の夜 にはたづみ 行潦わつと照り虻ただ黒し 種案山子立ちたるを見て山遊ぶ 佛像の頬羨しけれ夏隣 丸善にひとりの僧衣夏隣 われの眼を置いてけぼりや蛭沈む 人生をふはふはと来て蟻抓む  
■ 鷹2004年5月号より 黒松の貫禄地虫ぞろぞろ出づ 今日ばかり地虫がほなる団子虫 バレンタインの日なりともかく花結び 潤ひてまた乾く頭や茂吉の忌         とど 虻宙に太陽を真似止まれり 薮椿止むにやまれずつづけ落つ 天つ風安房より吹けば蝶生る 烏降る雀隠れにとつおいつ          はる たんぽぽや空全開の遼けさに 霞む山はせをの連として見をり       おもし 儚な身に首の重石や百千鳥 若者と大断絶や連翹忌  
■ 鷹2004年4月号より 斑鳩の道や総出のいぬふぐり 日の御子の残り香ほどのいぬふぐり     ひ 春立つと干魚菩薩を炙りもす 魚は氷に上り鸚鵡は横柄に     ぼん 白魚の上品の色忝な 物の芽のさきがけのみな無名なり 吹降りや土筆法師の荒修行 美しきひとの案内や涅槃像 伊豆安良里春は帽子に羽根付けて 春渚蟹の長駆のけざやかに 浦ひとつ灯をゆたかにす桜鯛 早蕨のまだ馴染みなき猪の貌  
■ 鷹2004年3月号より 一月はどどどと過ぎぬ昼のめし 老虚子と春立つまへの二夜かな 夜叉面も時計の貌も春隣 寒凌ぐ身に鍼打つてゐたりけり 我痩せて鴉太りぬ寒の内 葛湯吹き灯影がほどの恙あり 丘ひとつ越え探梅のつもりなり 足もとに泛く薄氷のこゑなりし たつぷりと見しが薄紅梅ばかり 早梅や団子一串うれしけれ 陰陽の陰まさりけむ椿落つ 敷きつめし苔へもたりと椿落つ  
■ 鷹2004年2月号より 禽獸のこゑを戒め山眠る 雪嶺よむかし訴へいま寧けく 冬眠の無明無音の息思ふ 立ち並ぶ櫟や幹も影も枯れ 自然薯の長々しさの果報かな 畦々や冬草の座のへこたれず 水差して鉄瓶懈き冬至かな 衣食足り血の足らぬとよ枇杷の花 師走あはれ汁粉ごときに舌鼓 虎落笛わがのどぶえを誘ふなり 寒の梅心身とかく背き合ふ   ねぶつ 木の念佛土の念佛や寒の雨  
■ 鷹2004年1月号より 枯山へわが大声の行つたきり 雪稜や五竜唐松鹿島槍 初冠雪田圃の泥鰌ねむりけり 中空の鷹姥捨に君臨す 竜田姫やよ我が足を弱らすな 梟に木綿にこころ包まるる 折も折雪沓出して干すところ 始まりに犬の死があり冬用意 はらはらと落葉かさかさと老人 深海の生死は無音去年今年 倫敦は巧みな宛字読始 寒念佛材木置き場から出発

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up--2005.08.01


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