ウカウカできない終齢幼虫の羽化

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公園近くを帰りながら、ふと朝の風景と違うことに気付いた。

今朝はあれほど伸びていた雑草や下草、小枝などが、公園管理業者によってすっかり刈り取られ、実にさっぱりしているのだ。それはそれで、散髪されたようで気持ちのいいものだが、朝鳴いていたクマゼミ達のことを思うと、少し可哀想な気がしてきた。

梅雨明け宣言はまだ出ていないが、今朝の蝉たちの鳴き声を聞けば、すでに梅雨明けしたのは歴然。明朝、何年もの土中生活を終え、いざ地上へと準備していたクマゼミの終齢幼虫は、穴を抜け出し近くの樹木に辿り着くまで、かなりの距離を歩行しなければいならない。

脱皮して羽化するためには、それなりの高さの縋り付くべき灌木や小枝が必要になる。うまく脱皮できなければ羽を伸ばして乾かすことができず、不自由なまま固まってしまう恐れさえある。

時々、同じ枝先に何匹もの蝉殻(空蝉)がぶら下がっているのは、争いながら脱皮して、朝日を浴びて飛翔していったからに他ならない。

どんな世界にも弱肉強食の掟はあるが、公園の地下でこれまで何年もノンビリして来た幼虫に、はたして明日は来るのだろうか。

大腿骨は武器になる

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スタンリー・キューブリック監督の「2001年宇宙の旅」は、不思議な映像から始まった。

猿なのか類人猿なのか、人間の祖先なのか分からないが生き物が、両手が使えることにより、何かの骨を拾って武器として戦い出す。

その骨を空に投げ上げると、高く高く飛んでスペースシャトルへと変化する。

たったそれだけで、10万年くらいの時間が、10分足らずに省略されてしまう実に見事な映像だった。

後に「モノリス」と呼ばれる真っ黒い正体不明の物体の不可解さ。神とも宇宙人とも呼べないナニモノかの意思がそこにあり、生き物の世界が急速に変化する

この映画が、1968年公開とは恐れいるが、アメリカは月世界への一番乗りを目指して莫大な巨費を投じていたことが、今さらながら夢物語のように思えてならない。

アポロ計画では、アメリカ合衆国大統領 ジョン・F・ケネディが、「1960年代中に人間を月へ到達させる」との声明を発表し、それを実行したが、まさにその期間と一致するように、この映画も作られている。

軍需産業には湯水のように経費が注がれるが、そのおこぼれは、産業振興や芸術や文化振興にも、人材流出の形で広く浸透していく。

しかし、その元になる軍需産業そのものを捨て去り、その経費を初めから人間の幸せのために使うことがどうしてこんなにも困難なのだろう。

「人間の幸福」を求める権利などではなく、何か歴然たる名目が必要な国家予算とは、この体の中の大腿骨の脆さにも似て、武器にもなるが宇宙船にもなる、為政者の心のありようで簡単に変わってしまうものらしい。

1979年作の「海からの来訪」だって、F30号

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有元利夫が亡くなったのは、1985年2月24日のこと。享年38歳。

生きている間に会ったことも無く、全く閼伽の他人なのだが、画集を一冊買ってから、ながい永い付き合いの叔父さんのようにも思われる。

画集で見るだけで好きになった絵に、後々、巡回展や美術館で巡り逢い、やはり間違っていなかっと安心したり、ちょっとガッカリしたり、様々なのではあるが、有元の作品の場合は、まず、満足できる。

代表作の「花降る日」は、F50号。日展などの大きな絵ばかり並んでいる会場に圧倒されていると、「やっぱりこれくらいでいいよね!」と、思ってしまう。

1979年作の「海からの来訪」だって、F30号。近づいたり遠ざかったり、何時間でも見ていられるような、そして、一番大事なことなのだが、何度でも見てみたいような、そんな気にさせてくれる作品だった。

かつて、ある工芸作家の個展会場で、素敵なリコーダー演奏曲が流れていて、欲しいと思って尋ねてみたら、有元利夫が自分の演奏を録音したテープを、妻の容子さんからダビングしてもらったとのことだった。

バロックのゆるやかな日常が、おだやかに揺蕩うような、心に沁みる演奏だった。

河はみな海に流れ入る

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普段あるべきものが消えていると、一瞬戸惑ってしまう。

今朝は、行政が気を利かせて作った小洒落たウォーキングボードが消えていた。

モチロン、完全に無くなった訳ではなく、河の中に水没して歩けなくなっていたのだけのこと。設計上は、台風などの大水の際、水没してもいいように作ってあるのだが、台風8号が過ぎ去った今頃どうして・・・と考えれば、大潮である。

なるほど、昨夜は天気も悪く、夜空を見上げることもなかったが、日本標準時7月12日20時25分が満月に当たっている。満潮は17時45分。

それから約12時間経てば、やはり満潮に近かろう。しかし、この水位は、ただ満潮と言うだけではなく、台風8号が降らせた山間部、上流域の雨が流れ込んできているのも事実だろう。

河の水の色は、台風後の茶褐色の濁流ではなく、すでにジャスパーグリーンと言ったところ。日本色名なら、暗めの緑青色。

結局、軟弱者の私は、方向転換。迷う事無く、来た道をそのまま帰ってきた。

「河はみな海に流れ入る。海はみつること無し。河はそのいできたる所にまた還りゆくなり。」

http://www.data.jma.go.jp/gmd/kaiyou/db/tide/suisan/suisan.php?stn=TK

Esa-Pekkaのインスピレーション

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フィンランドの現代音楽作曲家、指揮者エサ=ペッカ・サロネン(Esa-Pekka Salonen)が、iPadのコマーシャルに登場している。

現代音楽と言えば、シェーンベルクや武満徹のイメージから、ピアノに向かいながら五線譜に万年筆で楽譜を書いていくものだと思っていたが、やはり時代は進化している。

そう、武満だって五線譜を使わず、奇妙なグラフィックを使って演奏者に指示していたこともあった。

1958年生まれのエサペッカだって、当然、最先端技術やガジェットを駆使したって可笑しくはない。否、アップルのiPadが、やっと作曲家や演奏家にも利用できるハンドヘルドのコンピュータに進化しただけのことである。64ビットだもの。

それでも、何だか少し嬉しい。片手に乗るほど小さな機械をピアノ代わりに使って音を確認したり、シンセサイザーのように採譜に利用したり、Notionアプリを使って編集したり、譜面台のように広げて?みたり・・・

モチロン、「Esa-Pekka Salonen – Composer」の楽曲も、iTunesから購入できる。

そして、今なら30分弱のヴァイオリン コンチェルトが無料でダウンロード可能。

一度お試しあれ。

http://www.apple.com/jp/your-verse/orchestrating-sound/

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追伸2018.10.17:上記のiPadの紹介サイトへのリンクはすでに終了。

iPadでの作曲の様子は無いけれど、Esa-Pekka Salonenの音楽は、

Youtubeからも聞くことができる。

Esa-Pekka Salonen, Violin Concerto (2009), Leila Josefowicz and the Philharmonia Orchestra, digitally released 26 May 2014.

「お客様、もう二度と来ないで下さいね♥」

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「お客様、もう二度と来ないで下さいね♥」

こんな言葉、本当に言っていいんだろうか?

http://ameblo.jp/ryokandayo/entry-11892005967.html

嫌われない? 評価欄にメチャ悪口書かれない?

そんなことを考える様では、先がおぼつかない。よくよく見て欲しい。「下さいね」の後ろにはハートマークも付いているし、「お客様」と、慌てず騒がず興奮せず、実に冷静に、その客がこの場に相応しいかどうか判断している。

近頃、クレーマーが増えている。

昔は、自分で解決しようとしたことでさえ、相手の所為にして、あれこれ難題を増やそうとする。買物しても、自分で決めておきながら、後から「ヤッパリ気に入らない」と言って、返品は当たり前だという。連れて来た子供の面倒も見ないで、自由きままに遊ばせたり騒がせたりしても平気だったり・・・

躾(しつけ)の国字の意味さえ、忘れてしまっている。

この漢字の成り立ちを考えて欲しい。自分のからだを、自分自身で美しく保とうとすること、自然なふるまいであっても、他人に迷惑をかけない所作をすることなのだ。

何年か前(2006年)に、東京藝術大学の宮田亮平新学長が、入学式の式辞にこの一字を揮毫して新入生への祝辞としていたこともあった。

「躾とは、させられるものではなく、わが身が美しくなるということです。自分がいい仕事をすれば、いい言葉を発すれば、いい恋をすれば、そして訴えれば、それは美しい姿であります」と。

http://www.geidai.ac.jp/wp-content/uploads/2013/11/h18-entrance.pdf

道にあやなく惑ひぬるかな

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台風8号が過ぎると一斉に蝉が鳴き出した。

よく見ると、草葉の影や小枝の途中に空蝉がいくつも縋り付いていた。気の早いオスゼミの中には、2週間も前から鳴き出したのもいたが、あまり早く出てきても連合いになるべきメスゼミがまだいないだろうし、どうしたものかと心配になっていた。しかし、やっと梅雨明け、団体行動を共にすることにしたのだろう。

「空蝉」と云えば、源氏物語の空蝉も思い出される。さほど面白い話でもないが、物語の初めのほうに登場すると、それだけで名前が気になってしまうものだ。

たった一度だけの契りであっても、若ければその思いは後々まで残るもの。まして次に忍んだ夜に、上掛けの薄衣だけウツセミのように残して遣り過ごされては、その口惜しさはいかばかりであったことか。

「道にあやなく惑ひぬるかな」と詠う遂げられぬ思いは、源氏物語全体をおおう人間存在の愚かしさや儚さを象徴しているのかもしれない。

「帚木の心を知らで園原の道にあやなく惑ひぬるかな」光君

「数ならぬ伏屋に生ふる名の憂さにあるにもあらず消ゆる帚木」空蝉

http://www.sainet.or.jp/~eshibuya/text02.html

リアルな地球上の風の動き

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台風8号 2014.07.10 18:40

地球上の風の動きがリアルタイムで分かるWebサイト。

http://earth.nullschool.net/#current/wind/surface/level/orthographic=133.33,33.33,400

台風8号が、高知沖を過ぎてゆく様子が、光の渦のように動いて実感。

昨日はもっと鮮明な渦になっていたが、それだけ風が弱まった証。

インターネット技術が発達して、リアルタイムに集中豪雨の場所や強風域の場所が分かるのは有り難い。

それでも大災害が防げないのが不思議でならないが、人知を超えた自然環境には成す術が限られているのだから仕方がない。

願わくば、最小の被害により、次なる大災害の備えとなることを・・・

最高指導者は高級腕時計より

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007シリーズには、オメガの腕時計がよく登場する。ジェームス・ボンド役の俳優は、1995年公開の「007ゴールデンアイ」や、「007カジノ・ロワイヤル」「007慰めの報酬」「007スカイフォール」などでも、ボンド役を演じたダニエル・クレイグも身につけていた。

 

イスラム国の最高指導者は高級腕時計をつけ、

シリア反政府派の総司令官はハローキティのノートを持っている.

 

男も汚れてはならず

 

 

 

桔梗や男に下野の処世あり  大石悦子

「きちかうや」の上五だけで、織田信長を滅ぼした本能寺の変の「桔梗紋(明智光秀)」が思い出される。

潔い男なら「下野」もするが、今時はそんな美学さえ通じない。勝てば官軍、正しくても負ければ歴史の泡と消えるばかり・・・いや、正しいという判断など誰にできよう。あるのはただただ自分の良心に従うのみ。

大石悦子の師事した石田波郷には「桔梗や男も汚れてはならず」の名句がある。

作者も常々、桔梗の句を作りたいと考えていたに違いない。俳句の子弟相聞とは、このように受け継がれていくのかと、実に羨ましい限りである。

句集「百花」より