
假の世のひとまどろみや蟬涼し 高濱虚子
八朔(はっさく)。本来は、陰暦の八月朔日(ついたち)のこと。
辞書によれば、
「江戸時代には,徳川家康の江戸入府の日にあたることから,諸大名旗本は白帷子(しろかたびら)を着て登城し,祝詞を述べた。また,江戸吉原では,紋日(もんび)とされ,遊女は白小袖を着た。」との説明がある。
歳時記によれば、
「この頃、早稲の穂が実るので、農民の間で初穂を恩人などに贈る風習が古くからあった。このことから、田の実の節句ともいう。」と、こちらが本意に近かろう。
近所で鳴く蝉をじっくり見ようと出かけた。街路樹の小灌木を見上げれば、何匹もの蝉がしきりに鳴いている。モチロン、鳴くのは雄ゼミ。腹にある共鳴板、腹弁を振るわせ、騒がしく鳴き立て、雌ゼミに自分の存在を誇示している。
鳴いている蝉の尻先は、あまり尖らず、やや潰れたようにも見える。腹弁を振るわせた時は、尻先もかなりの勢いで振動している。
そうして、鳴き声に聞き惚れうっとりしたのか、あまり動かなくなった雌ゼミの後方から忍び寄り、横斜めから、やや強引に片羽を持ち上げつつ、手足を絡ませながら雌ゼミの尻先に自分の尻先を押し付けていく。
クマゼミの交尾が始まった、黒い尻先から、やや黄色味のある接合部が覗いて見える。どちらの蟬も交尾に夢中で、鳴くこともないが、周りの蟬たちは相変わらず騒がしく鳴き立てている。
交尾部を時折激しく振動させることもあったが、5分ほどの交わりであった。共鳴板から察すると、画像では下位置にいるのが雄ゼミである。
ことを終えると、雄ゼミは何処かへ飛んで行ってしまったが、雌ゼミは飛ぶ体力もない様子で、ただ必死に樹木にかき付いているだけだった。
このあと、雌ゼミには産卵という大仕事が待っているのだから、それも仕方あるまい。
命は受け継がれるもの。何度繰り返されたか分からないが、人類より大昔から蟬や昆虫も居たに違いない。その一生は短くとも、産まれ、鳴き、交尾し、産卵し、死んで行く。この夏の大合唱を、しばし聞きながら、戦場の爆撃の音ほどのことはないと思えば、暑さも、ウルサさも少しは許せるだろう。